気分は常々(じょうじょう)

晴れても雨でも今日はやっぱり素晴らしい!考え方ひとつで気分は常に上々!

メモの蘊蓄(うんちく)…人によりますが…笑😁🤔🤭

https://youtube.com/watch?v=EC3tmE7RzvU&si=PHBPvQJ1SEPIP1Kv

 

もちろんタイプ、つまり人や立場や環境にもよりますよ笑

 

東大生の講義ノートはビッチリかもしれないけど、メモはあっさりかもしれないし。

 

逆に会議内容の備忘録ならあっさりでも、議事録作成するならビッチリかもしれないし。

 

皆さんご存じのとおり、私はまったくと言っていいほどメモ苦手です。

 

誰かの発表を聞くときは、全集中耳の呼吸…目力斬りー!ですね笑

 

いや、その効果を知っているというよりも、そうしないと脳ミソに入らないからです。

 

このアニメを見て

 

あー、だから俺はメモより聞くに集中したがるんだなぁと、逆に知りました笑

 

ま、ご参考に!

 

今日はここまで😁👍

 

結局、人の基本は変わらない…😊🤭😉

最近は面接も増えて、老若男女の多様な応募者とお会いしております。

 

私が面接において必ず、必ず、お伝えすることがあります。

 

もし採用となりお勤めしていただくご縁となりましたら…

 

・嘘はつかないようお願いします。

・ごまかさないようお願いします。

・特にイレギュラーな出来事については、報告できない、しないということは仕事上においては本来はあってはならないです。

 

ということです。

 

3つめの報告できないことって言うところはデリケートで、進捗の状況、または報告できる状態までの結論が無い、報告するまでもない、報告しなくても自分の責任において処理できる等々、一定の猶予的な措置もありますから、完全な、言わない=悪ということでもありません。

 

が、嘘やごまかしは必ず悪影響として表面化します。

 

今日テーマにしたいのは、この思考は何も社会人になって習うものではなく、子供の頃からずっと習い、倣い、人としての道徳観として刻みこまれたものであります。

 

では何故、大人になってもこの確認を取るのか…それくらい

 

言うに易く行うは難い

 

のであります。

 

先日も誰かにお話しましたが、同じ位に、わかっているんだがなかなかできないことのひとつに

 

言行一致

 

がありますね。

 

言うが如く行動する。

 

弊社の経営理念の一節にも同じ文面がありますが、それくらい人というのはこの生き方がブレやすいのであります。

 

これ、一重に我が甘さ!って言えれば立派な僧侶でありましょうが笑

 

さて、ごまかしの一番の悪はこれです!

 

「みんなが言ってた(やってた)から」

 

子供のような言葉に私も子供の即レスしてしまいます。

 

じゃ、みんなが○んだらおまえも○ぬのな?

 

 

臨機応変と拡大解釈の差も恐ろしいですが、ここにはある程度の実行した者の意思があるからまだ許せます。

 

みんなが言ってたから?

みんながやってたから?

 

口パクで

 

(アホか)

 

これは嘘でも報告の価値や意義云々でもありません。

 

考えの放棄、責任転嫁、幼稚な言い訳

 

つまり、ごまかしそのものです。

 

自分はよくわかりません

自分は関係ありません

 

ほんとにわからなくてほんとに関係なければ、つまりは最初から問わない(聞かない)から!

 

何かしらの関わりがあるからあなたはその問いを浴びてんだよ!

 

ってところであります。

 

弊社の業務のひとつは、他社との関わりが多い業界だから、最初にお伝えします。

 

誰々(どこどこの会社)がやってたから…なんて言い訳は通らない!

誰がやろうと私(代表)がやるな!と言ったらやるんじゃない!

なんかいちゃもんで絡まれたら俺に連絡しろ!

 

と、つまりはちゃんと連絡報告も繋がるわけですね。

 

結論すれば、人のあるべき基本は紀元前から変わらんのですよ。

 

だから、面接で言うのです。

 

嘘、ごまかし、報告を軽く考える…

 

その辺は厳しく言いますよ

 

 

って。

 

ご参考に!

 

今日はここまで😊👍

 

 

 

 

 

無くて七癖、有って四十八癖…🤣😁😆

やっと帰ってこれました…泣

 

あらやだ、日が替わってますね笑

 

早く寝なきゃ~

 

と、その前に…

 

「無くて七癖、有って四十八癖」

 

人は誰でも、多少の癖があるということ。 癖がないように見える人でも七つ、癖の多そうな人には四十八もあるとの意から。

 

私は、この人はこの癖があるから、おぉこの話には自信があるなとか、今は口にまかせて適当に流してるなとかを分析しがちです。

 

完璧ではありませんが、長く過ごした相手なら。見ていればいるほど、ほぼ当たりが近くなりますね、自分調べですが。

 

プロスポーツだって…この人はこうすればここに投げるとか、こうしたらこちらにシュートするとか…それこそ真剣に分析しますよ。

 

それくらい、癖を見抜けばある程度の管理や監督もできたりするものです。

 

会議等でよく見抜ける手癖、手遊び、目線等々は、発する言葉よりもその人が今どういう状態なのかを知り得る表れであります。

 

これは、私にもあります。

 

そこを知れば素直にコントロールできるように取り組みます。

 

誰にだって癖のひとつふたつあるに決まってますから!

 

なら、それを見抜かれない、覚(さと)られない努力は、時によっては重要ですね。

 

ここがまさにメラビアン法則の裏テーマなんです。

 

人は言葉より聞こえ方、またその上をいく見え方ってところで、その会話の本質を知ることになります。

 

自信をもって何かを相手に知らしめたいのなら…

 

そわついた手遊び(例えば何を書くわけでもないのにボールペンをやたらいじることを)しながら綺麗な話をしても、その効果が意味なく下がる可能性を秘めちゃってます。

 

逆もまたしかり…言葉が幼く押しの弱い発表になったって、その返す言葉を凌駕する落ち着きはらった姿勢や雰囲気、トークの抑揚があれば、当然聞く耳の数は増えます。

 

せっかく指摘してくれた相手に感謝しながら、グイグイと結果を導く。

 

成長したければ、プレゼンの姿勢みたいなものも、是非大切に取り組んで欲しいものです。

 

今日はここまで😄👍

 

 

 

何が目的か…🤔😤😑

経営というものに関して…

 

ちょっと前まで、思えば今に比べて随分とお気軽にやっていたなぁと思います。

 

手抜きとかそういう意味では無く、そもそもは自分1人がなんとかやっていけるなら、あとは好きなことして生きていこうというワークバランスを選択していたところから…テンヤワンヤとやってるうちにスタッフを抱え、抱えたら少しでもよくしてあげたいとの想いからまたスタッフや事業の拡大に指針を向け…今や一匹狼の時より随分と環境も変わり始めました。

 

昔、法人代表として色々と紆余曲折しながら、結局個人事業主になったクセに、気がつくとまた法人成りしていて…ナンヤカンヤテンヤワンヤ笑

 

あれもやらなきゃこれも済んでいない…

 

そんな日々の中で…

 

 

あれ?何が目的だったのか?と、思わず振り返ってしまいました。

 

あ、そうだった!

 

小さなエリアだけでいい…私の周りが皆、少しでも良い環境で人生や仕事と向き合ってもらいたい…綺麗事ではなく自分事として、僅かの人達でいいから、感謝されながらこの世を去りたい…それができたら人生は本望の凝結だわさ!

 

というところが出発でした。

 

お客様も、自分達も、そして世間も…世界的なんて私にはどうにもできないが、私の周りだけでも…笑顔があればいいよなぁ…。

 

そうだった!

 

さて、さんざん内容改訂を続けている就業規則…また現状とズレているところをアジャストするために、いじろうか笑

 

今日はここまで😂👍

決めるのは自分だ!🤨😠😤

「体裁より本質を重んじ

三方に利益を

妥協より納得を尊び

言うが如く行動を」

 

我が社の経営理念である。

 

考え方は多様であっていい。

 

私のクライアント企業における経営理念は、もう痺れるほどの潔さが溢れる言葉の綴りであるが、純朴なスタッフが集まる企業であるが故、分かりやすさが芯にあって迷いが無いと言えよう。

見事であるが故に奥行きもまた果てが無い。

 

一方において、我が社の主事業におけるスタッフは、脳ミソの中にある優しさという鞘に納められた剣が、何かといえば直ぐに光を示しだして、可愛げの無い突き方で擦り傷を残していくという、ガチッと締め上げておかないとややこしいことを面白がるクセの強い大人が集まりやすいことは否めない。

 

だからこそわざとらしく小難しい指針を以て深めの真意を探させることにしている。

 

単純な因数分解をすれば、その内容は何も難しくも深くもないのだが。

 

このブログを教えていないだけに、知られるとまたしてもなんでなんでの追い込みをかけられることであろう。

 

知らんけど。

 

さて、今日はなんとも歯がゆい出来事に遭遇した。

 

常に目を配られながらその一挙一投足を図られたならば覚悟のしようもあろう。

 

先に述べたが、人の考え方、感じ方は多様で良い。いや多様であるべきとも言えよう。

 

しかし、それは万人がその本質、真意を共有できるようなめでたい内容なら良いが、例えば誤解、例えば不本意、例えば誤認識ならば、これは誰であろうと一旦は表明するべきである。いや表明しなければならない。

 

結果がどうあれ、頑張ったことが本質ならば、足らないかもしれないが全力で取り組んだならば、もっとできたかもしれないが、とはいえ決して手を抜いていないならば…

 

ちょっとだけ一部の雰囲気を全体像とし(つまり肌感で)やる気ないように見えると言われようが…

暗く感じると言われようが…

本気を感じないと言われようが…

 

本当に今日という1日を本人なりに過ごせたというのならば…

 

もちろん捉えられ方がそう見えたとするならば、こちらに非もあることだろうと詫びつつも…

 

やる気はあります!

良い時間を得ました!

後悔はありません!

 

等々の言葉添えにて、最低限自分で感じた本音を自分自身で決めて発することができないものか!

 

昭和生まれの部活と言えば…

 

やる気があるのか!

はい、あります!

まだやるのか!

まだやれます!

本気でやるんだな!

はい、本気です!

 

と即答しないとすぐにボール拾いにまわされたものだが、これこそ昭和ってことなのか。

 

では、ボクシングで例えるとどうだ。

 

幾度かダウンから立ち上がった時にレフェリーから

 

大丈夫か?やれるか?

 

と聞かれたら

 

やれます

やります

 

と答えるものだが、ここで棒立ちして返答しなければ試合は止められるぞ!

 

ダウンとされる!

 

後で後でと、とにかく言えばなんとかなるのは、それだけ保護の傘下だからである。

 

現場で強烈な即時対応を求められたら…そうだな、例えば火が上がって広がりそうなら…

 

会社や上長に電話しながらボケーっとしているのか?

 

先ずは消火活動!

先ずは避難活動!

そして各所連絡が本筋だろう。

 

先の事例も同じだ。

 

先ずは、誤解は解かねばならない。誤解でないのなら、まさに言われた通りが本質なんだから、それは自身がその責任をとらねばならない。

 

さぁ、どうなんだ!

 

届けるだけ届けた!

 

受け取るかどうか…そこはもはや私の手を離れていることだからこそなかなか相手方の両手を持ち拡げながら手中に置き直すことは難しい。

 

ダメ出しされるのは別に恥ではない。

 

頑張れたかどうかを聞かれて無言で立ち尽くすことは、何も生まない。せめてせめて次に繋げるチャンスくらい生んでみろ!

 

本当はそう思ってないけど、上長がそう言うならそうなんだろう。

本当は違うけど、上長は怖いからそういうことにしよう。

 

これでは、本当に上長、会社、巡りめぐって自分自身を守ることは到底できない。

 

噛みつくわけではない、反目するわけでもない!

 

いえ、私は精一杯やりました!やってこれです。それが足らぬのならお詫びしますが、私としては前進を感じております。

 

と伝えることが、何故上長にとっては悪い情報となると捉えてしまうのだろう。

 

結果においてのジャッジは上長の責任である。

一方、自分の気持ちにおいての正確なジャッジは、義務である。

その二報に対して整理成立させるのは教育者としての権限である。

 

これを三面等価という。

 

体裁より本質を

妥協より納得を

 

暗いねぇとか元気無いねぇと言われても、そこを凌駕する集中だったのならば、それは上出来なのである。本質はどれだけの深い時間を共有できているかを知らしめることだったのだ。

 

それならいいよとも、いやもっと表情にあってしかるべきとも、まさに何とした評価を言われようが、それは責任から振りだされた言葉!なんの悪気もなければ、いや増してこれは愛情である。

 

臆することなく、

はいわかりました!

で、まさに体裁も妥協もなくお互いに前に進めるのである。

 

決めるのは自分だ!

そして決めるのは義務だ。

決めたならばそのまま振りだせば良いのだ!

 

役割の中で、たくさんの無理難題やピンチが訪れることであろう。

 

その度、上長に相談するのか(できる時間はあるか)、今決めるのか(それだけ瀬戸際なのか)、後で処理するのか(時間を置くことも必要なのか)…たくさんの判断に追い込まれるのが責任者。つまりそれらのジャッジはすべて責任なのだ。

 

立ち尽くすな!長く迷うな!ここぞの時に無用な忖度をするな!

 

逼迫した時こそ、本質であり納得できる行動力が自らをも救うのだ。

 

泣くな、固まるな、瞳孔開くな!

 

自分が背負った期待を侮るな!

 

勝たなくても時にはいい、しかし完膚ない程に負けるな!

 

ほんっっっっとに…

 

もったいない!

 

磨けば光る原石(能力)はそれぞれに秘めている。

 

石の方じゃなく磨く方(布)が汚れているのだ。

 

その汚れとは

 

甘え、迷い、誤魔化し、驕り、怠け…である。

 

期待もされずその椅子に座れると思ったか?期待があるからこそその椅子に座っているのだ。それだけでアドバンテージはしっかり確保している。

 

ならば…ちょっとやそっとの揺さぶりに易々と倒されるな!

 

足らぬと思われたならお詫び致します。

しかし、得るものがあったかと聞かれるならば、大いにありました!ありがとうございます!

 

これが正解のひとつであろう。

 

自分が決められることを他の人に委ねるな!

 

何と言われようが、頑張ったならば…

 

頑張りました

 

の一択だろう!!

 

その本質と同化した気持ちを邪魔するものなどこの世には何も無い。それはつまり自分を大切にするという何よりもの納得なのだ。

 

自分の事くらい、自分自身が誰よりも推し活してやりなさい。

 

今日はここまで😶

 

 

最初はバカにされたけど…😏😠😁

今は当たり前になってたり、無くてはならないものってのも、世に出る前や出たての時には…

 

誰がこんなもん使うんだ…

そんなの無理に決まってるだろ…

 

とバカにされたものってたくさんありますよね。

 

人間が空を飛べるわけないだろ、バカを言うな…飛行機(1903年にアメリカのライト兄弟が世界初の動力飛行に成功)

 

遠くの人と手紙ではなく直接会話する?詐欺かインチキだな…電話機(アレクサンダー・グラハム・ベルが電話を発明)

 

は?素人がコンピューターを使いこなす?家庭に浸透する?何を言ってるんだ!…パソコン(お互いを知るスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツは「これからは、誰もがコンピューターを持つ時代になる」と信じていた)

 

日本だと…

 

録音機能の無いカセットプレーヤーなど必要とする人はいないだろ!そんなもの売れるはずない!…ウオークマン(ソニー:「音楽を持ち運ぶ」という新しい文化を生み出す。この発想がなければ、今のスマホで音楽を聴く習慣もあっただろうか)

 

「ロボットで医療をする? SF映画の見過ぎじゃないか?医者でもない工学の人間が、医療だって? 夢物語はいいから、もっと地に足の着いた研究をしなさい…医療ロボット(東京大学大学院教授/生田幸士:日本の医療ロボットの先駆者。最初のころは学会での評判も散々で、みんなからバカにされていた)

 

生田教授は学生達に口を酸っぱくして言う言葉があるそうです、「もっとバカにならなアカンよ!」 「いくらまじめに研究やってても、どこかで壁にぶつかるよ。その壁を突破するには、バカになるしかないんよ」

 

このバカとは何も考えないということではなく、馬鹿馬鹿しいと思われても真剣かつ一途に取り組むというバカさ加減が大切だ!ということと、何事も突き抜けることが大切なんだという、ポジティブな意味を持っているようです。

 

さて私も今更ながら、

あ、これやっぱり(世に)出たか!

 

というものがいくつかあります。3つ例に挙げますと…

 

小さな飲食店経営をしていた時に、店内のキャパではどうしても回転の頭打ちを感じ、ならばとデリバリー用のバイクと軽自動車を購入し、デリバリー○○(もともとやっていたレストランの店名)を創業した時のことです。

 

当時は宅配に料金を頂くなんて誰も考えていなかった時代でしたが、私は一件あたりの配達に配達料を頂戴しておりました。

 

当初注文電話口で、配達料の説明をすると、メニューに書いてあるにも関わらず半数以上が

 

配達に金取るのか?

そんなの無料だろ!

 

と、苦情を言われ続けました。半年位して、スタッフが電話に出たがらない姿を鑑み、配達料システムをやめました。

 

簡単に言ってしまえば、時代だね…となることでしょうが、今は、配達が売りのピザデリバリーは、店舗に来てくれたら値引きや割引するんです。つまり配達という労働に金は出さないというお客様視点を逆手にとっているとも言えましょう。

 

しかし、コロナ禍を経て、消費者の意識は変わりましたね。

 

Uber Eatsや出前館なぞ、配達そのものに利益を持たせるシステムでありますが、これ、私はその店舗デリバリーがうまくいったら他の飲食店のデリバリーも請け負えるはずと目論んでおりましたから、当時はうちのスタッフも「何を言ってるんだ?社長は」と思っていたことでしょう。

 

資本と根性と覚悟が足らなかったですね笑

 

さて私20代の頃、猫を2匹飼っておりました。2匹となるとそれなりに病院にかかることも増えがちです。

動物病院ってお金かかりますよねぇ。当時は人間様のような保険ってものが無かったから、当然10割負担でございます。

 

ペットの健康保険って無いのかしら…と調べておりましたが、その頃はありませんでしたね。

 

これ、どうやったら市場参入できるかな…と考えてみましたが、当時は私が私の出した企画をバカにしてしまいました。

動物にかける保険なんて売れないか…。

 

とんでもない、今やかなり定着して、私ですら大手保険会社のペット健康保険に加入しています。

 

最後に、今やタブレット注文が当たり前になりつつある時代ですが、私は居酒屋さんのお手伝いで、市場的にはかなり早い段階で導入をしてくださいました。

 

有名なワタミ創業の一躍を担ったある経営者が独立展開する居酒屋でございます。調べればわかりますが、ここは一旦ステイ笑

 

居酒屋でタブレットを薦めた理由は何度も往き来するサービス(ホール)の注文取りだけでも負担軽減しましょうよ!っていう目論見でした。当時は珍しさも手伝いかなり話題になりましたが、こんなのサービス業では味気ないとか、お客様に注文取りさせるのかとか、まぁそれなりの苦情も出ましたよ、正直。ところが今は普通のことですよね。

テイク(配膳やバッシング)の多い業種に有効かと思っておりましたが、テイクの少ない業種でもその効力が発揮されるっていうのは、現在のクライアントに教わりました。

 

テイクの数と言えば話は変わりますが、私は大手回転寿司チェーンのお仕事もお手伝いしていたことがあるので多方面の角度でわかるんですが、レーンの仕組みっていうのもホールスタッフのテイクを劇的に軽減させますよね。

 

それが先に述べた居酒屋に反映できないかなぁと閃いたんですが、調べてもレーン居酒屋って見当たらないんですよね。

 

そこで更に衝撃だったのが、あのワタミさんが居酒屋を焼肉に業種変換するらしいですね。そこでレーンを採用するらしいです。焼肉は先にやっているところがあるんだから、私ならダメ元で居酒屋のレーン採用を提案したいですが、まぁ仕組み云々を超えた高いハードルがあるのでしょうか。

 

誰かがやっているなら安心かもしれないけど、すでにライバルがいるため展開には地頭や実力が試されます。

 

遠くでやってることには影響ありませんし、近くにやってない何かしらの挑戦があるなら、これは先にやったもん勝ちなんです。

 

うまくいくなり何かが障害なり、その経験や理屈やデータは、誰より先に確保できるのですから。

 

最初に誰かにバカにされる方は、最初に知ることができる人、最初に誰かをバカにする方は、最初に出遅れている人…と考えてみると、やはり行動とはスピードが大切ってことが浮き彫りになりますね。

 

今日はここまで😏🤚

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自信と過信…🤣😑🤭

自信と過信の差はどこにあると思いますでしょうか。

 

この後に記す内容は、読む人によっては何の響きも無く、また読む人によってはガシガシとボディブローとなっていくやもしれません…心臓の弱い方はお読みになられませんよう……いや冗談です、読んで頂けると書き甲斐があります。

 

簡単に言いますと…

 

自信とは自分自身の能力、経験、価値、知識を信じ、根拠(まさに経験や知識という裏付け)があるがゆえにブレや迷いが無い状態です。

 

一方、過信というのは先に述べた自信を支える各要素の一部または大半を得ていない状態ながらも、それ故に謙虚であるならば救いもあるが残念ながらそれでも傲慢に押し通そうという状態であります。謙虚な人は先ず周りに相談や手助け等、やはり今ある資源を活用しますからね。変な押し通しはあまりありませんね。

 

紙一重のようで、この差は周りが見えるかどうか、成長できるかどうかまで、如実な結果を導きます。

 

あと大きな差が出るのが、同じ悪い結果の時に、前者はポジティブモンスター、後者はネガティブモンスターになってしまうことです。

 

ひとつの企画を提案するとしましょう。

 

スタートから導くのは、やはり自信のある側面から切り込むことになるでしょうね。

経験や持ち合わせた知識を動員し、ある程度まとめプレゼンをしたとします。

 

ここからが分かれ道!

 

残念ながら、あまり良い評価や明確な承認を得られず、あまつさえ差し戻しをくらったとします。

 

私なら?ははっ、全然平気!笑

 

悔しさやもどかしさはもちろんありますが、それより脳ミソが次から次へと他の手段が浮かぶうちはぶつけてぶつけてぶつけまくりたくなります。または、差し戻しされた理由を述べてくれるなら逆に感謝でウキウキとしながら伺います。

 

ポジティブモンスターでしょ?笑

 

でも、これには意味があるんです。自分が気づかない角度や考え方、まして知らない世界での景色は、全てこのフィードバックの中にあるんですもの。ダメ出しは成長の種、成功のビタミンです。理由が戻ればまたパターンを変えて提案できるチャンスともなる。

 

まして、社内なら心理的には全然平気の累乗ございます。

 

私、社外に出して社外でダメ出されるお仕事しておりましたので笑

 

飛び込み営業で「結構ですお帰りください」とインターホン越しに何度も言われるけど、くじけずトライする営業マンと気持ちは同じ。

 

自信があって提案しますよ、基本的には。でも、ダメ出しあるのもハナから覚悟しております。

フィードバックが次の商品(提案)に必要なんですよ。

 

たぶん世の企画畑のほとんどは皆大なり小なり同じ腹だと思いますよ。

 

ダメですかぁ…わかりましたぁ…すみませんでしたぁ…

 

なんて下向いて帰るような企画屋さんに誰がお金と信用を預けてくれるんだっつー話です。

 

まして、私がやるんではなくクライアントがやる企画なんだから、そりゃ一発でOKなんて、逆にその後が心配になります。

 

ダメ出しされて凹んでしまうのは、過信からくるものです。

 

なんでそこが気がつかないんだろう…(と自分を責める)

なんでわかってくれないんだろう…(と相手を責める)

なんでいつもダメなんだろう…(と、進化、深化を疑う)

カッコ悪いなぁ…(と、人目を気にする)

 

凹む人の深層には、このようなもっと自分はできるはずという、自分自身をがんじがらめにする根拠の無いプライド(我)が、いつもウヨウヨしております。

 

企画は育てるものです。時に寝かしておくものでもあります。

しばらくしたら…

 

あ、あれ、こうしたらイケるんじゃね?

 

ってのもあれば、しばらくしたらやっぱダメかもということもあるんです。

 

あと、自信が源の人は受け入れも早いですね。あぁダメか、でも○○ということ言ってくれたから、これは覚えとこ!いーこと教わった!希望の今日だ!笑

 

過信が源の人は…

 

まぁ、人の話を覚えてない笑または聞いてない笑笑

だから進歩も無い…。

 

どんどん出してどんどん戻され、でも何か掴んでいく自分に気づく…はい、これが自信の源(パワー)です。

 

最初からうまくいくことを考えることは大切(自信)。ダメでもその栄養は逃さない(成長)。

 

根拠無くうまくいくことを小手先で紡いでしまう(過信)。ダメだと凹む(停滞)。

 

喜べ!ダメから捲(まく)るチャンスを得たぞ!(ポジティブモンスター)

 

はぁ…俺はやっぱりだめなんだ…(ネガティブモンスター)

 

ネガティブのほうは、最初が自信満々に見せかけるだけに始末が悪いカッコ悪さ!笑

 

不動産業界用語で「千三万八(せんみつまんぱち)」

という言葉があります。

良い意味で…本当に良い物件は、千のうち三つ、万のうち八つしか無い(それくらい当たりってのは少ない)

『ちなみに悪い意味のほうは、不動産屋の言葉で本当のことは千に三つ、万に八つくらいだ…と嘘つきだと揶揄する意味』笑

 

とにかく凹んで下を向くのは時の無駄!

 

下を向くときは何か落とした時!

前を向くときは行き先を決めた時!

上を向くときは目的を達成してガッツポーズを決める時!

 

と思いますけどね。

 

私が若い頃、企画提案しダメ出しくらった日は、その時の同伴者と夜は必ず居酒屋で反省会という会議をしていたことが懐かしいです。

 

あれ、こうしたらイケんじゃね?あー言ってたんだからこうしましょうよ!

 

なんて、酒と唐揚げをアテによくやりました。まぁ、酒のんだ時のひらめきって、ほぼ忘れてしまいますけどね笑

 

さて、有名なお笑いモンスターの名言をご紹介して本日は締めましょう。

 

「俺は、絶対に落ち込まないのよ。落ち込む人っていうのは、自分のこと過大評価しすぎやねん。過大評価しているから、うまくいかなくて落ち込むのよ。人間なんて今日できたこと、やったことがすべてやねん。」

明石家さんま

 

今日はここまで😑🤚